給与デジタル払い
[キュウヨデジタルバライ]
給与デジタル払いとは、労働者の同意を得た上で、厚生労働大臣が指定した資金移動業者のアカウント(スマートフォン決済アプリなど)へ、給与を直接資金移動によって支払う制度です。キャッシュレス決済の普及を背景に解禁された賃金支払いの新しい選択肢であり、現金化できないポイントや暗号資産での支払いは認められていません。本記事では、給与デジタル払いの目的や関連法規、企業側のメリット・デメリット、労使協定の締結を含む具体的な導入手続き(六つのステップ)について解説します。
給与デジタル払い(賃金のデジタル払い)とは
給与デジタル払いとは、従来の「現金手渡し」や「銀行その他の金融機関の預貯金口座・証券総合口座への振込み」に加えて、一定の要件を満たすものとして厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者の口座へ、資金移動による賃金支払いを可能にする制度です。
導入の背景と目的
近年、日常生活においてキャッシュレス決済の普及が急速に進み、送金サービスも多様化しています。このような社会変化の中で、スマートフォンの決済アプリなどの資金移動業者の口座への資金移動を給与受取に活用したいというニーズが見られるようになったことが、制度導入の大きな理由です。給与デジタル払いはあくまで「賃金の支払い・受け取り方法の選択肢の一つ」として位置づけられており、多様な働き方やライフスタイルに合わせた給与の受け取り方を実現することを目的としています。
関連法規と従業員保護の仕組み
給与デジタル払いを導入・運用するにあたっては、労働基準法などの関連法規を順守し、従業員の資産を保護する仕組みを正しく理解する必要があります。
労働基準法と「強制の禁止」
労働基準法により、使用者は希望しない労働者に対して給与デジタル払いを強制してはいけません。本人の同意がない場合や強制した場合には、労働基準法違反となり罰則の対象になり得ます。また、デジタル払いを導入した事業場であっても、全ての労働者の受取方法を変更する必要はなく、これまで通り銀行口座などで受け取ることも可能です。
破たん時の保証制度と代替口座の設定
給与をデジタルで受け取る場合、「資金移動業者が破たんしたら給与が消えてしまうのではないか」という懸念への対策が講じられています。万が一、厚生労働大臣が指定する資金移動業者が破たんした場合には、保証機関から速やかに口座残高が弁済される仕組みが整えられています。また、資金移動業者の口座には受入上限額(後述)が設定されており、上限を超えた分の賃金を受け取る場合や、破たん時に弁済を受けるための「指定代替口座(預貯金口座)」の登録が必須となっています。
指定資金移動業者の種類と特徴
給与デジタル払いに利用できるのは、厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者のみです。令和8年2月27日時点で、以下の4社が指定されています。
| 社名 | サービス名 | 受入上限額 |
|---|---|---|
| PayPay株式会社 | PayPay給与受取 | 20万円 |
| 株式会社リクルートMUFGビジネス | COIN+(スタンダード) | 30万円 |
| 楽天Edy株式会社 | 楽天ペイ給与受取 | 10万円 |
| auペイメント株式会社 | au PAY 給与受取 | 10万円 |
給与デジタル払いのメリット・デメリット
給与デジタル払いの導入には、企業と従業員双方にメリットがある一方で、導入に伴う課題やデメリットも存在します。
【従業員側のメリット】
最大のメリットは、日常的に利用しているキャッシュレス決済アプリに直接給与がチャージされるため、銀行口座からお金を引き出してアプリに都度チャージする手間が省ける点です。また、給与の一部を資金移動業者口座で受け取り、残りを銀行口座などで受け取るといった柔軟な受け取り方も可能であり、生活費の管理を容易にすることもできます。
【従業員側のデメリット】
口座の受入上限額(10万円〜30万円など)が設定されているため、全額を受け取ることが難しいケースがあります。また、資金移動業者口座はあくまで「支払や送金に用いるため」のものであり、預金目的ではない点に留意が必要です。
【企業側のメリット】
従業員の多様なニーズに応える福利厚生の一環として機能し、特にキャッシュレス決済に親しんでいる層の採用力強化や、従業員エンゲージメントの向上につながる可能性があります。
【企業側のデメリットと課題】
給与振込の事務処理が複雑化することが課題です。従来の銀行振込データに加えて、資金移動業者への送金データを作成する手間が増える可能性があります。また、指定業者ごとに口座残高上限の金額や手数料負担の有無、必要な事務処理の期限が異なるため、綿密な実務フローの構築が求められます。
企業が給与デジタル払いを導入する際の手続き
実際に企業が給与デジタル払いを導入する場合、以下の手順を踏む必要があります。
- 厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者の確認
厚生労働省のウェブサイトで、指定業者とサービス名称を確認します。 - 導入する指定資金移動業者のサービスの検討
労働者のニーズを踏まえ、どのサービスを導入するかを検討します。複数業者の選択も可能です。口座残高上限額や、手数料負担の有無、契約締結の要否などが選定のポイントとなります。 - 労使協定の締結と就業規則などの改定確認
労働者の過半数で組織する労働組合(ない場合は労働者の過半数代表者)と労使協定を締結します。協定には「対象となる労働者の範囲」「対象となる賃金の範囲と金額」「取扱指定資金移動業者の範囲」「実施開始時期」を記載します。あわせて就業規則や給与規程の改定が必要かも確認します。 - 労働者への説明
希望する労働者に対し、必要事項を説明します。このとき、「預貯金口座または証券総合口座への振り込み」という他の選択肢も提示しなければなりません。指定業者1社に限定して実質的に強制することは禁じられています。なお、説明は指定資金移動業者に委託可能ですが、最終的な説明責任は企業側にあります。適切な説明が行われない場合、労働者の同意の有効性が認められず、結果として労働基準法違反と評価される可能性があります。 - 労働者の個別の同意取得
労働者から書面または電磁的記録により個別の同意を得ます。同意時には、資金移動業者のアカウント情報、受け取り希望額、および指定代替口座などの情報を取得します。 - 賃金支払いの事務処理の確認・実施
雇用主の資金移動アカウントから労働者のアカウントへ支払うのか、銀行振込と同様の手順を踏むのかなど、事務手続きの期限を含めて確認し、運用を開始します。
給与デジタル払いの導入状況
給与デジタル払いを導入している企業、検討している企業はどのぐらい存在するのでしょうか。
株式会社サーベイリサーチセンターが行った「令和6年度 賃金のデジタル払いに関するニーズ調査報告書(厚生労働省委託調査)」によると、「導入の検討をしていない」との回答が67.9%と最も多く、「従業員からの要望があれば、導入を検討したいと考えている」が18.3%、「導入しない予定である」が10.5%と続きます。賃金のデジタル払いを「導入している」のは0.2%となっています。
現時点ではごく少数の企業が導入している、という状況です。導入企業の事例は、資金移動業者のホームページなどで確認できます。
指定業者の指定が取り消された場合の対応
指定資金移動業者の指定が取り消された場合、または業者が指定を辞退した場合、雇用主は対象の労働者に速やかに確認を取り、労働者が指定する別の方法(銀行口座への振込など)によって、それ以降の賃金支払いを行わなければなりません。そのため、常に最新の指定業者一覧を把握しておくことが重要です。
今後の展望・動向
令和8年2月27日現在、新たに審査中の資金移動業者は0社となっていますが、今後、給与計算システムと連携した送金APIの拡充や、各決済事業者のキャンペーンなどにより、利便性が高まることも予想されます。企業の人事・労務担当者には、自社の従業員の属性やニーズを把握し、導入のタイミングや運用フローを中長期的な視点で検討していくことが求められます。
関連用語
- 通貨払いの原則:労働基準法第24条で定められた、賃金は現金で支払わなければならないという原則。給与デジタル払いや銀行振込は、この原則の例外として労働者の同意のもと認められています。
- 労使協定(36協定など):労働条件などに関して、使用者と労働者の過半数代表者(または労働組合)との間で書面により締結される協定。給与デジタル払い導入時にも締結が必須です。
- 資金移動業者:銀行等の金融機関以外の事業者であって、為替取引(送金サービス)を行う、内閣総理大臣の登録を受けた業者のこと。このうち、さらに厚生労働大臣の指定を受けた業者が給与デジタル払いの対象となります。
※本記事は「資金移動業者の口座への賃金支払(賃金のデジタル払い)について」(厚生労働省)を参考にして作成しました。
監修者からのコメント
この記事の監修










特にスマートフォン決済を多用する層や外国人労働者にとって、受取方法の選択肢が広がることはエンゲージメント向上にも寄与します。将来的にシステム連携が進めば、振込手数料の削減や事務の自動化といった効率化も期待できます。導入にあたっては、任意性の確保や説明責任など法令遵守の体制整備が不可欠です。
事務負担を理由に消極的になるのではなく、従業員の多様なライフスタイルに寄り添う観点から、まずは希望者に限定した試験運用などを通じて、段階的に取り入れていく姿勢が求められます。